積年葬祭
枯れた美しい土地
沼の跡
割れたマリアの鉢
愛された女性も
皺に蝕まれて
先日ついに他界した
果てない時から逃がす手が
育むように
ぬくもりをやり
少しずつ
殺していく
出発
鳥が鳴くより早く
誰も起こさず出て行こう
どんな思いが止めたか
夜も端になるまで残ってしまった
ようやく捨てたよ
夜気はたいがい地面に吸われてしまった
白く抜けるのはじきだ
弱り始めたまたたきが
静かに弾けて落下する
夜が夜でいる間に
此処の者ではなくなるよ
- - - - -
すべて「それ以外」とくくったのに上手くいっていない。
必死に心臓を抱くと、小さなあぶくが空にぶつかる。
髪型を気にする程度の余裕さえ残っていない。
だれも許してくれないけど、許してもらいたくもない。
自分だけ甘えて生き延びるなんてみっともないと思うから。
歪む壁
狭い世界は揺れていた
誰かの両手が私の狭い世界を
揺すっている
酸素まで徐々に潰れる室内で
窓のない壁を見ている
視界がまったく壁だけになっても
ひたすら見ている
いいかげんたまらずに
修理屋を呼ぼうと思い立つと
電話回線を引いていないと気付く
途方に暮れてもとりあえず
また壁を見る
- - - - -
神さまに守られているから死なない
神さまに嫌われているから
無傷ではいられなくても
何も簡単にはいかない
ぎこちない足音が光の果てまで
闇の果てまで反響して
生きている
今日も明日も
なんてことない
腕を引いて
喧噪から逃がしてくれればいい
そう思っていたのに
無視されたから
かっこうだけつけて戻って来た
陰鬱な雲の群を数え
退屈な雨に濡れ
だけど太陽は目映くて
そんなふうに過ごす毎日を
恥ずかしがる
少しも頭使っていない
もう一度でも笑うんだ
傷のひとつさえ大切にして
地面はどこまでも遠いから
- - - - -
あの人の言葉も
ぼくの言葉も
すごく無力だ
みんな詩を書いている
こんな時代だから
みんなの詩は無力だ
こんな時代だから
人の心を撃つことは
ほとんどなんにもならない
帰り道のない道
当然まだ気付かないふりをしているだけだ。
何が正しいかも、私が失敗している事も。
反省も懺悔も帰り道を教えない。
何を認めても帰り道にならない。
明かりさえ罠に見えながら
遠い一等星におずおず手を伸ばす。
肩に積る光を払うふりをして
少しだけポケットの中に落した。
部屋
現実はここにあるのに、ぼくはどこにあるんだろう。
極彩色の風景が、つむじを逃げ道に行く。
風景はぼこぼことあぶくになり
つむじを抜けると空気にむさぼられた。
頭上のそんな様子を感じとって
口を「あー」と開ける。
突然、窓が震えて、カーテンに彼女の影が現れた。
僕はこう言って影を拭う。
「世界はひとつで良い」
ゆっくり、言った。
これからの二人に大切なことだから。
彼女の影は横へ滑走して去る。
言葉を適切に集める事が出来ない。
霞む視界を押さえて
でも、声が尽きたのはいつだった。
これは、ある日見つけたのだけど
天井に知らない男の顔が埋まっている。
男は目を閉じていて
それを開くのが僕のすべき事だと思う。
電灯の横に巧妙に隠れているから
彼の事は多分、誰も気付かないだろう。
彼のために電気を消した。
拉致
感覚をさらう者がいるらしい
感覚がひとつひとつ気配を消す
事態を知っていたけど黙っていた
最後に私だけが残されて
大の字に寝て犯人を待ったけど
だれも来ないまま
「知っていた」と
久しぶりに出した声は
生暖かくて白い形になる
夜明け
暖かくない。
ベランダは戦場だ。
手裏剣のような風に頬を裂かれ
並ぶ星座を乱して
口汚く罵った。
敵もいないのに戦場だ。
朝日が寄せる肌の下に
骨が透けている。
だらしない指の隙間から、風の死骸が落ちていく。
奪おうと
奪おうとしていたのは
許す気持ち
夜を眠ること。
反射を乗せて
再び血が伝った時に
あざやかに痛みだした。
やっと痛んだ。
痛んだ。
- - - - -
心室に飼った虫が心房を食む
痛くて胸をつかむ
服にしわが寄る
どれほどのものが空想だろう
まだ行けるはずなのに
次の瞬間はあきらめるかもしれない
しゃがんだ私を時が置き去る日を
未だに待っているのに
時だけが私を置き去りにしないのだ
食事の祈り
幸せと平穏に
手を合わせ ひとことを
今日も無事 空が笑った
「ありがとう、いただきます」
今日も無事 野花が咲いた
「ありがとう、ごちそうさま」
今日も無事 退屈でいた
キラキラ葬
キラキラを拾う
いくつも集めたのに
利巧になろうと決めた日から
キラキラは逃げ出して
ぼくは弱っていく
探しに戻ろうと振り返ると
またいっこ逃げた
守るというのは
どうすればいい
利巧にもまだなれない
帰り道はない
喉がふくらんで吸った空気が通らない
ぼくはもうここまで弱くなった
シンシンと降る雪明りに
なつかしい光を思って
二度と逃がさないよう
だけどすべて置き捨てるように
音を伏せて
横たわってしまった
本当に、もうだめだったらいいのに
正しい道を
簡潔にしようと思った
迷わないよう 捨てて許されるものを捨てると
残りはきらいなものが多かったけど
見通しが良くなるはずだ
大丈夫
足の痛みは治まらずに痛い
皮をもがれる
そんな気がしているだけでもしかして
ひだまりの熱なのかもしれない
焼ける匂いが鼻腔に触れる
迷わないよう 足がまだ腫れようと
手が腫れるまでぶって 歩いてしまおう
きっと私もどうか生きていけると
祈ったんだから
決めたんだから